妊活時代 9 未来の可能性がみえると…

媛川桜乃香(ひめかわさのか)

こんにちは、媛川桜乃香(ひめかわさのか)です。

 

妊活はジェットコースターにたとえられます。

毎月毎月、妊娠できなかったら気持ちが落ち込み、また期待が膨らみ、また妊娠できなかったら…。

 

もともと、仕事が終わり職場を1歩でたら、忘れることができるタイプでした。

幼少期、父親の機嫌が悪い朝も、学校に行ってる間は忘れていたタイプでした。

深く考えない、よく言えば切り替え上手な私でした。

 

しかし妊活中は、毎月毎月気持ちが落ち込み、ストレスが溜まりました。

職場に行っても、ふとした瞬間に考えてしまいます。

なにがいけないのかなー、なにをすればいいのかなー、ふとした時によぎります。

それくらい、願望が強かったんだと思います。

 

私の妊活時代、初期は特に、マイナスイメージが蓄積され続けていました。

誰にも言えない、相談できない、愚痴を言ってはいけない、前向きにならなければ。

そんな感じでした。

 

考え方などの習慣の変換、占術の力、体の調整など、前向きに進んでいた寒い冬。

不育症の対策も始まり、幸運なことに妊娠でき、心拍確認ができるまでに。

しかし、不育症の治療で通っていたクリニックでの検診で

「赤ちゃんの心拍が止まっています」と言われました。

看護師さんにも、先生にも声をかけられたのは覚えていますが、よくわからないまま、電車で帰宅。

夫に連絡して、夫に会って初めて涙がポロポロと。

どん底とはこの時のことをいうのでしょうか。

年齢40代、不育症の治療もしていた、なぜ?もうあきらめてもいいのか?

いろんなことを考えたように思います。

辛すぎてか、あまりはっきり覚えていないのですが、どうして再度頑張ろうと思えたのか?

背中を押してもらったのは、あと1年はこどもと会える可能性があるという、占術でみた流れでした。

 

そんな中、媛川家にもきました、いつまで治療するのか問題。

「いつまで治療をやるのか?」夫からでした。

頑張っているのに否定されたような気持ちになり「なんでそんなこと言うの?」と悲しみと怒りがありました。

未来の流れを占術で予想していた私は、あと1年は可能性がある、

辛くても、逃げないと心に決めていたので、私の意志を伝え話し合い、医療は一旦お休みするけれど、

妊活は続行となりました。

 

あの時、占いで未来の可能性がみえていなかったら、夫と喧嘩して諦めていたかもしれません。

今、私は1人で過ごしていたかもしれません。

占いの活用法は、当たるあたらないではなく、自分の未来を予報して、どうリスクを回避していくか?

どうやったら、近道して幸せにたどり着けるか?

そんなふうに思います。 

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